Chapter 3
AIに仕事を任せる
自分の仕事を、AIも実行できる形にする

ここから、ようやくAIが出てきます。
チャプター2までは、仕事そのものの話でした。理想と現在の差分を埋めるループ(Goal Loop)を、自分で回せるようになるところまで。この章からは、そのループをAIに回させます。 新しい仕事のやり方を覚える必要はありません。いま回している同じループの一部を、AIに渡すだけです。
この章を読むと、「自分の仕事のどの部分を、何を揃えてAIへ任せるか」を自分で決められるようになります。題材は、チャプター2から続く法人研修の提案です。
この章で新しく覚えることは、ほとんどありません。あなたがループを回せるのは、ゴールを知っていて、状況が見えているからです。AIに任せるとは、その同じ条件をAIに揃えてあげることです。 難しい技術の話は出てきません。
多くの人は、AIに頼める範囲を実際よりずっと狭く見積もっています。 文章を書く、要約する、調べる。そのあたりで止まっている人がほとんどですが、パソコンでできることは、AIも全部できます。 資料を作る、表を集計する、メールの下書きを用意する、資料を読み比べて論点を出す、決裁の材料をまとめる。「これはAIには無理だろう」と自分で線を引く前に、一度そのまま頼んでみてください。できない場合も、AIが「これができない」と教えてくれます。
そして、断られても、そこで引き下がらないでください。 「別のやり方でいいからやって」「できるところまででいいから進めて」と押すと、通ることがかなりあります。
分からないことも、そのまま聞けば済みます。 用語の意味、ツールの操作、いま自分が何をしているのか。「さっきのファイル、何のために作ったんだっけ」でも構いません。何かあれば、なんでもAIに聞いていきましょう。
Goal Loopの各ステップを、AIに任せていく
チャプター2で回したループを、もう一度書いておきます。
- 理想と現在の差分から、ボトルネックを特定する
- ボトルネックを解消できるToDoを考える
- ToDoをやる
- 結果で、現在を更新する
- 新しい差分から、またボトルネックを特定する
この5つのステップを、ひとつずつAIに渡していきます。 全部を一度に渡す必要はありません。チャプター2の5ステップで言うと、この章で変わるのは、誰がどのステップをやるかです。ステップの中身は、そのままです。
3(ToDoをやる)は、最初から任せられます。 4(結果で現在を更新する)も、「結果はゴールの現状に戻して」と言っておけば一緒にやってくれます。
迷うのは1と2、ボトルネックの特定とToDoの切り出しです。ここは、ゴールの大きさで変わります。
- 小さいゴールなら、任せて大丈夫です。 理想と現在が見えていれば、「差分、埋めておいて」の一言で1から5まで通ります
- 大きいゴールは、いまのAIだと外します。 論点が多いほど、見立てのずれたToDoが出てきます。1と2は人間が決めて、3から先を渡すほうが速いです
法人研修の提案で言うと、こうなります。
| 範囲 | 頼み方 | 返ってくるもの |
|---|---|---|
| 1. 一手だけ | 直近2回の商談記録から、決裁者の発言だけ抜き出して | 発言の抜き書き。読んで判断するのはあなた |
| 2. 子ゴールごと | 実施体制の回答づくり、進めて | 稼働表を見て体制案を組み、回答文の下書きまで |
| 3. もっと大きく | この案件、受注まで進めて | 現状を確かめ、次の一手を選び、迷ったら聞いてくる。見立てが合っているかは、人間が見ます |
ほかの仕事でも、段の切り方は同じです。
| 採用 | 経理 | |
|---|---|---|
| 1. 一手だけ | 応募書類を読んで、面接で確認したい点を出して | 先月と差が大きい科目を挙げて |
| 2. 子ゴールごと | 一次面接の日程調整、最後まで進めて | 今月の請求書の発行と送付、一式やって |
| 3. もっと大きく | この職種の採用、内定まで進めて | 月次の締め、確認だけ残して進めて |
まずは1から始めていきましょう。
1. 一手だけ任せる
「商談記録から発言を抜き出して」
2. 子ゴールごと任せる
「実施体制の回答づくり、進めて」
3. もっと大きく任せる
「この案件、次の一手を進めて」
どこまで広げても、「何をやるか」の判断は自分の頭で考えながらAIと一緒に
どの範囲でも、渡すものは同じです。
なぜ今まで、できなかったのか
「AIに任せたのに、使えないものが返ってきた」。よく聞く話です。ここで多くの人は、プロンプト(AIへの指示文)の書き方を学びに行きます。プロンプトエンジニアリング、AIエージェント、ハーネス、コンテキストエンジニアリング。全部、悪くない。
実は、うまくいかない原因は、2つしかありません。
- ゴールとコンテキスト(背景情報)が、AIに渡っていない — 何を目指しているのか、いまどこまで来ているのかを、AIが持っていない。持っていないものは、使えません。だから、どこにでもある一般論が返ってきます
- 渡したゴールが、大きすぎる — 一度でこなせる大きさを超えている。分解されていないと、AIはどこから手をつけるかを自分で決めるので、こちらの意図からずれたものが返ってきます
目的がなければ、AIも何をすればいいのか分かりません。 逆に、ゴールと現在地さえ渡してしまえば、いまのAIは、その差分を自分で埋めにいきます。 ゴールが大きすぎない限りは。それくらいの賢さは、もうあります。
しかも、この「大きすぎない限り」の線は、モデルが賢くなるたびに上がっていきます。 去年は崩れた大きさが、今年は通ります。一度崩れたからと決めつけず、ときどき渡し直してみてください。
ゴールと現在地が渡っていなければ、AIは差分を埋めようがない。
もちろん、渡したからといって毎回うまく埋まるとも限りません。今のAIモデルが対応できないレベルの大きさの差分を与えたら、ズレた動きをすることもあります。
ゴールと現在地が揃っていて、大きさが合っていれば、打つ言葉はこれで足ります。
この差分、埋めておいて。
役割を演じさせる必要も、丁寧に段取りを書く必要もありません。プロンプトは実は、そこまで重要ではありません。
チャプター2の彼も、一度やっていました。
「研修提案の比較資料、いい感じに作って」
返ってきたのは、どこにでもある比較表のテンプレートでした。「うちの提案じゃない感」がすごい。彼はこのとき「AIはまだ仕事には使えないな」と結論づけかけました。
原因は、以下の2つです。
- 現在が渡っていない — 研修の内容も、価格も、これまでの商談のやり取りも、過去に似た案件で何が刺さったかも、AIは何ひとつ見ていません
- 理想が渡っていない — この提案で先方に何を判断してほしいのか、そもそも何のための研修なのかが、書かれていません
材料も行き先も持たないまま「いい感じに」と言われたので、AIは一般的な比較表を出しました。持っているものの中で、いちばんそれらしいものを返しただけです。
AIが働ける条件は、3つしかない
では、AIに何を渡せばいいのか。3つだけです。
1. 明確なゴール
何のためか。達成が分かる完了基準
2. コンテキストへのアクセス
あなたが見ているものを、AIも見られる
3. ループの構造を保つ
結果を戻す場所が決まっている
3つ揃えて渡すのが「任せる」。渡さず結果だけ求めるのが「丸投げ」
AIがズレた回答をする理由は、この3つを持っていないからです。
例の法人研修の案件で、3つを順番に揃えてみます。案件はこの時点でループを2周まわっていて、いま3周目です。
| 周 | 何をしていたか |
|---|---|
| 1周目 | 商談記録から、保留の理由を突き止めた(チャプター2) |
| 2周目 | 実施体制の回答を作って送った(チャプター2) |
| 3周目 | いまここ。 決裁者がA案とB案で迷い始めたので、比較材料をつくる |
冒頭の「いい感じに作って」は、この3周目を、何も渡さずに頼んだときの話でした。
条件1: ゴールを渡す
何がゴールとして渡れば、AIは動けるのか。上位から降ろしたゴールと、達成が分かる完了基準(DoD)です。
彼が三周目で渡したゴールはこうでした。
ゴール: 決裁者が金曜までにGo/No-Goを判断できるよう、A案とB案を比較できる材料が揃っている
上位との接続: この提案を受注する → 今期の法人研修受注目標のため
「いい感じに比較資料を作って」との違いは、ここです。このゴールには、誰が(決裁者)、いつまでに(金曜)、何ができれば達成か(A案B案を比較して判断できる)が入っています。達成が分かる形で渡すと、AIは自分で検算しながら進められます。「この材料で決裁者は判断できるか?」と、AI自身がゴールに照らして確かめられるからです。
渡す前のチェックは2つです。
- 達成したかどうかが、分かる形になっているか
- 上位ゴールとの接続を、一言で言えるか
言葉にする自信がないときは、この型に当てはめれば十分です。
【誰が】決裁者が
【いつまでに】金曜までに
【何をできる状態か】A案とB案を比較して、導入の可否を判断できる
営業以外でも同じです。採用なら「候補者が、来週の面接までに、うちで働く姿を具体的に想像できている」。経理なら「今月の請求が、月末までに、差し戻しゼロで全先へ届いている」。「誰が・いつまでに・何をできる状態か」の3つが入れば、AIは自分で検算しながら進められます。
条件2: コンテキストにアクセスできるようにする
ゴールは渡りました。ただ、この時点でAIが読めるのは、あなたが打ったその一文だけです。案件の資料も、これまでのやり取りも、まだ何ひとつ渡っていません。
コンテキストは、資料のファイルだけとは限りません。 仕事の現状も、業界の知識も、やり方のコツも、上位のゴールも、判断の材料になるものは全部コンテキストです。
考え方はシンプルです。あなたがその判断をできるのは、あなたが見てきたものがあるからです。自分が見てきたものを、AIにも見せる。それだけ。
「二案の比較材料を作るとき、自分なら何を見るか?」と自問します。彼の答えはこうでした。
- 商談記録 2件(決裁者が何を気にしていたか)
- 講師の稼働表(どちらの案が現実的か)
- 実施計画のドラフト(内容と体制)
これをそのまま見せます。ここでやりがちな失敗が2つあります。
- ✕ 要約して伝え直す — 伝聞にすると、判断材料が痩せます。会議の文字起こしも、議事録にまとめ直すより原文のまま見せるほうが確実です。あなたの要約に漏れた情報を、AIは補えません
- ✕ 一部だけ見せて「察して」 — AIは見えていない仕事を手伝えません
- ✕ 全文をコピペして送りつける — 良かれと思って資料の中身を毎回貼る必要はありません。ありかを教えて、探しに行かせれば足ります
- ✕ 関係ないものまで渡す — 「とりあえず全部見せておこう」は逆効果です。関係ない資料が混ざるほど、AIはどれを読めばいいのか決められなくなります。 人に「この棚のどこかにあるから探して」と言うのと同じです
○ そのまま、見せればいい。 原本にアクセスさせれば、AIが現状を自分で確かめられます。チャプター2で書いた「現状は証拠で見る」を、AIにもそのまま適用するわけです。
関係あるものは、加工せずそのまま。関係ないものは、渡さない。
「要約するな」と「全部渡すな」は、両立します。分ける線は、その一手に関係するかどうかです。
見せ方は3つです。
| 見せ方 | どうやるか |
|---|---|
| ファイルを渡す | 資料のあるフォルダを、AIの作業場に置く。「このフォルダを見て」で通ります |
| リンクを送る | 共有ドライブやページのURLをそのまま貼る。AIが開いて読みます |
| ツールを接続する | メール・カレンダー・顧客管理などを繋いで、AIが直接見に行けるようにする |
上の2つは、今日すぐできます。3つめの接続は第4章で扱います。
そして、どこにも置かれていないコンテキストがあります。あなたの頭の中です。
「あの決裁者は、金額より開始時期を気にしている」「前回の提案が流れた本当の理由は、現場の反対だった」。こういうものは、ファイルにもメールにも残っていません。書き出さない限り、AIは永遠に知りません。 一行で構わないので、その場で打って渡してください。毎回打つのが面倒になったら、メモにして置き場に入れます(チャプター4)。
何を見せるかは、毎回この問いで決めます。「この仕事、自分がやるなら何を開くか」
- 営業なら: 直近の商談メモ、送った見積、先方の組織図、過去の類似案件
- 採用なら: 募集要項、これまでの面接記録、現場が求めるスキルのメモ、内定辞退の理由
- 経理なら: 前月の締めのやり取り、取引先ごとの支払条件、去年の同じ月の数字
開くものが挙がったら、それが渡すコンテキストです。毎回渡さなくて済むように置き場ごと整えるのはチャプター4でやります。この章では「何を見せるか」を自分で挙げられれば十分です。
条件3: ループの構造を保つ
AIが動いた後、仕事はどう進むのか。ここでチャプター2の原則がそのまま使えます。ToDoは、終わらせてからが仕事。 AIの出力も同じで、結果をゴールの現状へ戻して、初めてループが回ります。
だから任せるときに、返し先まで決めておきます。 「終わったら、結果とわかったことを、この案件のメモに追記して」。返し先は、案件フォルダのメモでも、ドキュメントでも、この講座で使うゴール管理のツールでも構いません。次にこの仕事を触る人とAIが、最初に開く場所であれば、どこでも役目を果たします。
逆にここを決めないと、AIの成果物がチャットの海に流れて、誰の判断も変えないまま消えていきます。チャプター1で書いた「成果物は作った。成果は作っていない」が、AIの速度で起きるわけです。
三周目の結果
3つを揃えて、彼はもう一度頼みました。「次の一手を進めて」。


返ってきたのは、決裁者の懸念に沿って整理された、そのまま商談に出せる比較材料でした。
同じAI。同じ人。違ったのは、渡したもの。
プロンプトの工夫は、いらなかった。ゴールとコンテキストが、全てだった。
一周目の彼は「AIはまだ仕事に使えない」と結論づけかけていました。違いました。AIが持っていなかっただけでした。
もし出力がいまいちでも、原因は3つのどれかです。ゴールが明確でなかったか、コンテキストが足りなかったか、結果の戻し先が決まっていなかったか。 3つの条件がそのまま診断リストになるので、欠けていたものを直して、頼み直せばいい。いまいちな出力も、現状の解像度が上がった分だけ前進です。
面白いのは、環境が整うほど、頼み方は雑でよくなることです。ゴールとコンテキストが渡った状態なら、「比較資料、いい感じによろしく」で実務的なものが返ってきます。冒頭の「いい感じに作って」がダメだったのも、言葉の雑さより、渡っているものが何もなかったからです。AIと何時間も格闘して言い方を磨く必要は、もうありません。
AIができる、最大のゴールサイズにする
ここまで来ると、頼み方の工夫がほとんど要らないことが分かってきます。ゴールと現状さえ渡っていれば、あとは「この差分、埋めておいて」で通ります。 言い回しを整える必要も、役割を演じさせる必要もありません。
代わりに決めるのは、渡すゴールの大きさです。
AIが一度でこなせる、最大のゴールサイズにする。
- ✕ 事業の売上を伸ばして — 大きすぎ。もっともらしい一般論しか返りません
- ✕ この一文の語尾を直して — 小さすぎ。あなたが指示を出し続ける係になります
- ○ 止まっている商談5件の保留理由を、商談記録から洗い出して — 一度で結果が返ります
回ったら、次はもう一段大きく渡す。崩れたら一段戻す。この上限はAIの実力そのものなので、モデルが賢くなるほど、渡せるゴールは大きくなります。
任せ方を広げるときの注意
まず一手から任せて、うまく回ったら子ゴールごと、それからもっと大きく、と広げていきます。
ただし、いまのAIモデルのレベルだと、ゴールを決める・ボトルネックを選ぶ・ToDoを絞るという「何をやるか」の判断は、自分の頭で考えながらAIと一緒にやったほうが速いです。
理由は、AIの性質にあります。AIは、あなたの経験も、これまでの経緯も、これからやりたいことも知りません。膨大なデータから、それらしいものを返しています。
カレーの作り方なら、完璧に答えます。でも、今日カレーにするかハヤシにするかは、決めてくれません。 「カレーがいいと思うんだよね」と言えば「私もカレーをおすすめします」と返ってきます。同意されただけなのに、決まった気になる。ここがいちばん危ないところです。
正しさは、人間の側にしかない。
全部を任せきりにすると、いらないToDoが量産されてゴールが崩れます。チャプター2で書いた「ToDoから始めると、仕事はズレる」が、AIの速度で起きるからです。判断はあなた、実行はAIと一緒。この分担が崩れない範囲で、任せる範囲を広げてください。
ここは、そう遠くないうちに変わります。 モデルが進化すれば、ゴールとコンテキストさえ渡っていれば「何をやるか」までAIが決められるようになります。そのときに結果を分けるのも、結局は渡してあるゴールと現在地の質です。いま揃えておくものは、変わりません。
おさらい
- 任せるとは、いま自分が回しているループを、AIにも回させること。ループの形は変わらない
- 任せる範囲は選べる。一手 → 子ゴール → もっと大きく
- ただし「何をやるか」は自分で決める。正しさは、人間の側にしかない
- AIが働ける条件は3つ。①達成が分かるゴール ②コンテキストへのアクセス ③結果を戻す場所
- コンテキストは要約せず、自分が見ているものをそのまま見せる
- AIが動けない原因は賢さより、持っていないこと。モデルを替える前に、渡すものを変える
- パソコンでできることは、AIも全部できる。 自分で線を引く前に、一度そのまま頼んでみる
- 頼み方の工夫より、ゴールの大きさ。AIが一度でこなせる、最大のゴールサイズにする
次の章へ
ここまでで、Goal LoopのどのステップをAIに渡すか、そのとき何を揃えるかが分かりました。
ただ、任せるたびにゴールの文章と資料をかき集めて渡すのは、けっこうな手間です。彼も毎回それをやっていました。次の章では、渡すのをやめて、最初から置いておくようにします。
